第58回「名前も知らない人たち3」

2人目。幼い頃、水泳教室に通っていた時期があった。でもぼくは、嫌で嫌で仕方なかった。水が怖いのだ。とにかく水が怖かった。そして、先生も鬼のように怖かった。

水深が浅いプールと深いプールがあって、普段は小さい子どもは浅いプールでレッスンを行うが、ある日、隣の深いプールに行ってみようと先生が言い出した。

他の子どもたちは、やったぁみたいな感じだったが足のつかないプールに入るなんて、ぼくは恐怖でしかなかった。

案の定、溺れた。泣き叫んでいると鬼先生に怒られて、1人だけ元の浅いプールに戻された。さすがに1人で戻すのも良くないと思ったのだろう。助手の若い女の先生が付いてきてくれた。

今思うと、学生バイトだったのかもしれない。また怒られるのかと思ってビクビクしていたが、その先生はぼくの体を包んで「力を抜いてみて。浮くよ」と優しくサポートしてくれた。下から体を支えてくれた。確かに浮いて溺れなかった。

それから水を克服できたということはなかったけれど、そのときの包容力と優しさがずっと大人になった今でも心に残っている。

【元記事:B-Search NEWS No.1368】

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