「それでは、準備してきますね」そう言うと、アイリは風呂場の脱衣場に向かった。美咲と二人っきりになると、清はいよいよだと緊張してきた。さっきまで早く描きたいと思っていたのに、もう逃げ出したいような気持ちになっている。
「川島さん、リラックスですよ。いつものように描いてもらえばいいんですから」
いつものようにと言っても、風景画とは違うのだ。女性経験がほとんどないと言ってもいい自分が裸の女性を目の前にして正気でいられるのだろうか。そんな清の緊張と不安とは関係なく、アイリはバスローブ姿で現れた。髪はきちんとまとめて、ポニーテールにしてあった。
「まずは立ち位置を決めましょうか」清が初めてということもあってか、リードしてくれるようだった。場所はもう既に決めていたことだった。アトリエの何も飾っていないな真っ白な壁の前に立ってもらった。
「それでは、脱ぎますね」何か言う暇を与えないくらいの素早さで、アイリは全裸になっていた。それを見て、ただただ美しいと清は思った。いやらしさは全くなく、バランスが取れた体型だった。
「ポージングはどうしますか」裸のアイリに話しかけられて、少しドキッとした。「何パターンかポージングしてもらえますか。その中から選びます」そう言うと、アイリは様々なポージングを披露してくれた。
それは古典絵画で見るようなものもあったり、現代的だと感じるものもあった。
露骨に性的なものを感じさせるポージングは一切なかった。その中で清は、軽く自分の髪を触っているポージングをお願いした。アイリは微笑むと、「分かりました」と言ってポーズを取ると固まった。それは美しい人形のようだった。そのままの状態で既に作品が完成されているようでもあった。
清は、無我夢中で筆を走らせた。そこにドキドキしている余裕などなかったし、実際に性的興奮を感じたりもしなかった。ただただ、目の前のキャンバスにその美しい形を描き止めておきたいという欲望だけだった。
それを見た学芸員の美咲は安心すると、そっとその場を離れた。時間は2時間を取っていた。
つづく
【元記事:B-Search NEWS No.1414】