川島清は今日もぼんやり外を見ていた。40の働き盛りと言われる時期に働かず、風の音に耳を澄ましているとは、いい気なものだ。彼が一つやれることと言えば、絵を描くということだけだった。
少し前までデイサービスというのに通っていたが、バカバカしくなって止めてしまった。一言で言えば、そこにいる人たち(職員や利用者(多くは老人ばかりだった))と合わなかった。
昼食に前日のカレーを温めて一人で食べていると、窓から見える草木や花を描くのも飽きたなと思った。川島の絵は、ただ一人で描いて自己満足しているだけではなかった。
いくつかの賞をもらったこともある。そしてどこから聞きつけたのか、この絵の作者は車いすに乗っているらしいということが広まっていった。新聞の地方版の記者が家に訪ねてきて、紙面に小さく紹介されたこともあった。
しかし川島は、その紙面がすこぶる気に入らなかった。なぜなら障害者であることばかりが強調され過ぎていると思ったからだ。一人の画家として認めてほしい。そう思った。
やはり草花を描いているだけでは駄目なのかもしれない。しかしこんな身、いろんな場所に行けるわけでもない。真っ白なキャンパスを目の前にして、ある種の欲望を吐き出したくなった。
途方に暮れていると、もうすでに夕方になっていた。畑仕事をしている父も、近所の喫茶店でバイトをしている母親ももうすぐ帰ってくる。
両親とも高齢なので、仕事は稼ぐというよりは趣味のようなものだ。川島も賞歴があるとは言え絵が売れているわけではないので、趣味と言えば趣味なのかもしれない。
夕食は、いつものように予定調和のごとく進んでいく。母は、喫茶店にいつも来る常連客の話。父は、気温の話。2、3日前にしたような話を今日もまたしている。清は、同じような日々が毎日ループするような感覚にうんざりした。
つづく
【元記事:B-Search NEWS No.1410】