イチは誰かの体にぶつかり、怒鳴られた。
『緑の乙女亭』の客たちは、
完成したばかりの絵に釘付けになっていた。
二人の険悪な様子に気づいた人は誰もいなかった。
「たった四日でどうやって落としたんだ?」
近づいてきたヴァールにささやきかけられ、
イチは戸惑ったようにヴァールを見つめた。
ヴァールがエームの事を好きだというのは
確かに聞いていたが、たった今まで、忘れていた。
この町に来てから、いろんな事がありすぎた。
(ヴァールは大切な友人だ。
だから今、何か言わなければいけない)
そう思った。
でも、
「申し訳ないですが、話は後で」
イチはエームを追おうとした。
どうしても、さっきの不吉な予感が体から消えなかった。
「待てよ!」
ヴァールはまだイチを引き止める。
「さっき、エームと何を喋ってたんだ?言えよ!」
イチはかまわず、走り出した。
そしてまた腕をつかまれ、
「離してください!ヴァール!」
珍しく声を荒立て、振り返った。
しかし、腕をつかんでいたのは、ヴァールじゃなかった。