- リカちゃんハウス おへやいっぱい ゆったりさん
- ¥4,680
- おもちゃのマンネンヤ
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「ねえねえ、早く行こう」
小夜はウキウキした様子で隆一の腕に自分の腕を絡めた。
引越しのための家探しというのはなんとなくウキウキするものだ。ましてやもう直ぐ夫婦となる高瀬隆一と小夜にしてみれば新しい愛の巣を探すのはこの上ない楽しみの一つであった。
「ああ、よいしょっと」
隆一がデートには場違いな大きな荷物を持ち上げる。
「何それ?」
「ああ、これは家探しの秘密兵器さ」
隆一はにっこりと笑顔でそう答えた。
隆一は引越しの達人だ。今まで何度も引越しをしてきたが、どこも隆一のそのときの状況にぴったりとした物件を見つけ出し快適に暮らしてきたのだ。
二人の希望は庭付きの中古の一軒屋、マンションも考えたのだが小夜のお腹の中には既に新しい命が芽生えており、マンション育ちの二人は庭で子供と一緒に遊ぶのが夢であった。
「いかがでしょう? なかなかこれだけの物件はありませんよ」
不動産屋が営業スマイルを浮かべる。
中古住宅といってもリフォームは済んでおり、若夫婦にはぴったりなモダンな造りになっていた。
「ねえねえ、ここいいんじゃない?」
数箇所回った中でもここがお気に入りらしく小夜はかなり乗り気であった。
「う~ん、確かに良さそうだが……。試してみるか?」
隆一はそう呟くとあの大きな荷物をそっと床に降ろし丁寧にその中身を取り出した。
「そ、そんな……、あなたにそんな趣味があったなんて……」
それを見て愕然とする小夜。
精密に作られたミニチュア家具、その中でくつろぐ美少女の人形。そう、それは紛れも無く『リ○ちゃんハウス』であった。
だがその『リ○ちゃんハウス』を見て顔色を変えていたのは小夜だけではなかった。
「ま、まさかそれは……家鳴り」
不動産屋が顔を青くする。
「さすがですね。家鳴り様の存在を知っているとは。さあ、家鳴り様お願いいたします」
隆一の言葉に反応しリ○ちゃんハウスの中のリ○ちゃんがハウス内をうろうろ歩き出す」
「な、何これ!?」
目を丸くして驚く小夜。
「ああ、これが家鳴り様だよ」
「家鳴り? ……ってあの夜中に家の中がカタカタなるあの家鳴り?」
「ああ、その家鳴りだよ」
「でもあれって……、気温差とかで柱とかが軋む音じゃあ……」
「ああ、そういうのもあるけど、それとはまったく別に『家鳴り』という妖怪はちゃんと存在するんだよ。ねえ、不動産屋さん」
青ざめた顔のままこっくりと肯く不動産屋。彼らにとって『家鳴り』はまさに天敵といっても良かった。
家屋を住み着き夜中にカタカタと音を鳴らす家鳴り、しかしそれはその家屋の構造を細部まで把握していなければ出来ない技だ。
どんな些細な構造欠陥も家鳴りは見逃さない。それどころか……。
「この家鳴り様は我が高瀬家に代々住み着いている妖怪でね。そのときの家主の状況に応じて周辺環境も踏まえた上でその家がふさわしいかどうか判断してくれるんだ」
じっくリ○ちゃんハウスの中をうろつきまわるリ○ちゃんを見つめながら高瀬が呟く。
「で、でも……どうしてリ○ちゃんなの?」
「ああ、家鳴り様は『家』といつでもセットなんだ。アンティークのドールハウスもいいんだけど持ち運びという点ではリ○ちゃんハウスが便利なんだよ」
隆一と小夜がそんな会話を交わしている間に調査を終えたのか、リ○ちゃんがミニチュアチェアに座り悲しげな表情をして首を横に振った。
「あちゃ~、どうやらここは今の僕達にふさわしくないようだ。不動産屋さん、どこか別の物件をお願いします」
「は、はい、少々お待ちください」
慌てて携帯電話で本社に連絡を取る不動産屋、相手が『家鳴り』持参となれば下手な物件を紹介しても時間の無駄。それどころか掃海した物件が一軒も『家鳴り』に認められないという事実が広がれば客足が遠のくどころか、何処の住宅情報誌も相手にしてくれなくなる可能性もあるのだ。
取って置きの物件を次々と紹介する不動産屋、しかしなかなかリ○ちゃんの姿を借りた家鳴りは笑顔を見せない。
「ここが最後の物件です。このほかにはもう紹介できるような物件は当社にはありません……」
疲れきった様子で不動産屋が紹介したのは少し古い造りの一軒家であった。
「え~、ここ?」
そこはやや不満げな顔の小夜、若い二人のスウィートホームにしてはやや野暮ったい感じのする家屋であった。
「まあまあ、とりあえず家鳴り様に聞いてみよう」
再びリ○ちゃんハウスの中をうろつく家鳴り、そしてその日初めその整った顔立ちに笑顔が浮かんだ。
小夜は不服そうであったが、『家鳴り』を信じきっている隆一の説得によりこの家屋を二人の当たりしいスウィートホームにすることになった。
それから数年後。
長男に続き長女も生まれ四人家族となった隆一は賃貸として借りていたその家を買い取った。
引越しも考えたのだがどうしても『家鳴り』がこの家を離れたがらなかったのだ。
(それにしても……)
この家に住み始めて数年、隆一はずっと疑問を抱いていた。
(どうして家鳴り様はこの家を選んだのだろう?)
『家鳴り』と共に数多く引越しをしてきた隆一、そのどこも不満どころか素晴らしい満足感を隆一に与えてくれる家ばかりであった。
しかし今回ばかりはそうではなかった。
無論、現状に不満があるわけではなかったが、今までのような満足感がこの家には無かったのだ。
(いや、家鳴り様に間違いがあるわけが無い。きっと何かここを選んだわけがあるはずだ!)
隆一はあくまで『家鳴り』を信じ、それ以上深く考えないことにした。
やがて十数年のときが流れる。
「ただいま……」
残業を終えて夜遅く帰ってきた隆一。しかし週末にもかかわらず彼に彼を出迎える声は無かった。
長男は十七歳、長女は十四歳、共に多感な時期でなかなか親子の会話もこのところ途絶えがちであった。ここ数年、不況のあおりを食って隆一の勤めている会社も危機的な状況に陥り、毎日毎日残業三昧、そのおかげで何とか危機は乗り切ったが、あんなに仲の良かった小夜との夫婦仲もすっかり冷め切ってしまっていたのだ。
翌日、朝寝坊を決め込んでいた隆一のところへ、
「父さん!」
「お父さん!」
「あなた!」
長男と長女そして小夜が血相を変えて飛び込んできた。
「おいおい、いったい朝からどうしたんだ?」
寝ぼけ眼で三人の後についていく隆一。
「こ、これは……」
外れかけた壁、軋んだ柱、屋根からは雨漏り……。
昨夜あった小さな地震で家のあちこちが朽ち始めていた。
もともと築年数の経った中古の家である。そろそろその耐久年数も限界に来ていたのだ。
「どうしたもんかな~? これだけ酷いと応急処置じゃどうにもならないだろうし……」
家自体はぼろぼろだが子供たちの学校も近く、スーパーや駅などの利便もいい。この家を諦めてこれだけの周辺状況の家を探すとなると『家鳴り』の力を借りても時間もかかる。
「そうだな~、大幅にリフォームするか?」
『リフォーム!』
隆一の言葉に家族の声を揃えて目を輝かせる。
一時期のリフォーム流行はやや下火になったとはいえ、まだまだテレビなどではリフォームの番組を数多くやっておりリフォームに対する夢はまだまだ大きいのだ。
そう決まると隆一はさっそく新聞に広告を出した。
『リフォーム業者求む。ただし当家には「家鳴り」がおります』
世の中には悪質なリフォーム業者も多い、しかしこの業界にかかわるものであれば『家鳴り』の存在を知らないものはいない。いい加減な業者、腕が未熟な業者は『家鳴りの』目に適わないことを知っており、この広告に申し込んでくるのは誠実なしかも腕に自信のある建築業者だけなのだ。
「ここはこんな感じでどうでしょう?」
「え~、私はもうちょっとこんな感じが……」
「俺の部屋はこんな感じがいいな……」
「キッチンはやっぱり対面式の方が……」
リフォーム業者を交えて家族会議が行われる。
(なんか久しぶりだな……)
家族揃ってこれだけ会話が弾んでいることに隆一は内心ほっとしていた。
そして『家鳴り』もその様子を穏やかな目で見届けていた。
『家鳴り』は知っていた。
人生と同じく家族も山があり谷があるものだということを。そしてその谷のときに必要なのはちょっとした変化と何よりも家族の『会話』なのである。
あの時、隆一と小夜がスウィートホームを探していた時、『家鳴り』は予感したのだ。
必ず隆一にもこの谷の時期がやってくる。だからこそ家鳴りはこの家にこだわったのだ。
たとえ家族の会話が重要だとわかっていても、隆一一人では空回りしてしまう可能性もある。しかしリフォームという家族全体がかかわることであれば自然と会話は生まれるものなのだ。
やがて高瀬家のリフォームも終わり、新築同様にきれいになった家の中は家族の会話と笑顔で満ち溢れていた。
カタカタカタカタ……
真夜中に『家鳴り』が鳴く。
隆一はその音に静かに耳を傾け……
(家鳴り様、ありがとうございました)
心の中でそっと呟いた。
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久々の『妖怪シリーズ』です。